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プロフィール

​​講師の物語

ピアノ教室応援コーチ保科陽子先生にご紹介頂きました!

​プロフィール 講師の物語

~幼少期~

東京都大田区で生まれ、幼少期は静岡県浜松市で過ごす。

幼児の頃は母と過ごす。

父親とは一緒に住んでいた記憶はなく、たまに会う人だった。

母親は夜中に働いており、夜になるとどこかに預けられ、朝目が覚めると自宅のお布団に戻っているという当時の私にはワープしているような謎の生活だった。​

幼稚園に上がると、仕事で疲れている母を喜ばせたくて、良い子でいることを頑張っていた。

お陰で、式典の代表挨拶などには幾度となく選ばれた。

母は美大で日本刺繍を学んでいたので、芸術には詳しく、教育にも熱心だった様で、浜松駅近くの音感教室に通わせてくれていた。

家にあったおもちゃのキーボードと、古びたオルガンで毎日遊んでいた。

​音感教室では、影絵が大きくなり、音楽も大きくなる時のドキドキを、未だに覚えており、きっとその感覚が今のリトミック指導に生きているのだと思う。

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児童期

・さみしい子供時代

母が私を連れ、祖母のいる東京の実家へ引っ越すことになる。

小学校教師をしていた祖母は、私や妹の世話をするために退職した。

小学校1年の入学時には1人も友達がいない状態からのスタート。

​更に、祖母の家を建て直す為に少し遠いところに仮住まいしたため、小学校までバス通学する。

放課後は祖母が迎えに来る為、全く友達と遊ぶこともできず、友達作りに苦戦する。

YAMAHAのグループレッスンに通わせてもらえたので、音楽が一番の友達になる。

建て直した祖母の家に引っ越し、やっと普通の小学生生活が送れると思ったら、父親が居ないことを理由に馬鹿にされたり、いじめられたことがある。
(このプロフィールを読んだ小学校の同級生が、数年前に謝罪をしてくれたエピソードがあります!)

お父さんという役割は、未だにわからないけれど、アスレチックで遊んだり、サイクリングしたりしてみたかったし、肩車は未だにいいなぁと思う。 

当時ピアノが弾ける子供が少なかったこともあり、遊びで教室のオルガンを弾いたことにより、毎日あれ弾いて?これ弾いて?と人だかりができ、一目置いてもらえるようになる。

新居への引っ越しを機に祖母から念願のアップライトピアノをプレゼントしてもらう。

ピアノでは、グループレッスンに加えて、小1からYAMAHAの個人レッスンにも通う。

クラスメイトが弾いてほしいという曲も、皆を喜ばせたくてたくさん練習した。

・父役現る

小3の時に、自分にとって大事件が起こる。

母が結婚するという。

それからというもの、祖母が「家族なんだから・・・」というフレーズをよく使ってきたが、私にとってはそれ以降、家族というものがちょっとよくわからなくなった。。

突然父役が現れて、母を奪われ、祖母も祖父もその人に気を使っているのがわかる。

この人達にとって、私は必要?​「家族ごっこ」しているだけにしか思えず、ピアノの世界に閉じこもるようになる。

・助けてくれたたくさんの先生方

楽器店のコンクール等にも参加させてもらったり、学校では音楽の授業や音楽会など、ピアノの出番のある曲では、いつも伴奏者を任される。

​学校が一番の私の居場所になった(今じゃ珍しいね)。

高学年になったころ、若くて小柄で可愛らしい音楽の先生が着任された。

その先生は、ご自身のフルートを持って来て、私に吹かせてくれたり、ドラムセットを購入して自ら叩いてみせてくれたり、クラシック以外の美しい曲のCDを貸してくれたりして、音楽の世界は楽しくて、私の知らないワクワクすることが、まだまだたくさんあることを教えてくれた。

出会いは本当に大事である。

学校では、グランドピアノを弾きたいときは、職員室に行けばすぐに鍵を貸してもらえて、休み時間や放課後は好んでグランドピアノで練習するようになる。

クラスメイトからはゲーム音楽や流行りの音楽、他の学年の先生からも、春木さんこれ弾いてよ~と戦場のメリークリスマスのリクエストがあり、一生懸命練習して披露した。

今思えば、校長先生も担任の先生も、他の学年の先生も、音楽の先生同様とても私を支えてくれていた。

校長先生と担任の先生は、家に帰りたくなくて残っていると、おしゃべりに付き合ってくれた(校長先生は、その後コンサートや結婚式にも来てくれた)。

小6になると、音楽コースのある私立中学校から、無試験で迎えたいとご連絡を頂いていた。

祖母は、優秀な教員であったようで、麻布、開成、女子学院に自分のクラスから何人も出したということで、私にもそのように育ってほしかったのだろう、とても厳しかった。

小学校の先生方に勧められ、中学受験を一方的に決められたのは小6の夏。

そこから数週間で小学校の学習を終わらせ、塾には通わずに自宅で勉強する。

洗足出身だった音楽の先生に、そのくらい弾けていれば受かるよと言われて、当時音楽コースがあった洗足学園を受験することになる。

​・ピアノ教室がシェルターだった

ピアノ教室の出石弥生先生も、急ピッチで私のピアノをなんとか合格ラインに上げるのに頑張ってくれた。

出石弥生先生は、小学校1年の時からピアノの手ほどきをして頂いた。

学校がつまらない、家もつまらない、レッスン室は私の逃げ場になっていて、どれだけ救われたことか。

算数の宿題まで見てもらった。

その頃、特別に1度だけ個人レッスンを受けたのは、菊池麗子先生。

ホールに入られた瞬間の、威厳、雰囲気、自信に満ちたキラキラ感は忘れられない。

圧倒されて、なにも弾く前から泣き出す私(笑)

レッスンでは、基礎の基礎についてご指導を受けた。

私も、頑張れば、こんな先生になれるのかな?と憧れた。

​中学入試数日前、小学校の行事の凧あげ遠足の為の凧を作っている時に、誤って左手親指をカッターで切り、2針縫う。

入試当日は、縫われた指を、包帯でギュウギュウに巻いて実技試験を受け、合格する。

いざという時の気合と根性だけは自信がある(笑)
 

~思春期~

 

洗足学園音楽大学附属中学校音楽コースに合格。

私は祖母の養子として育てられているため、学費は年金暮らしの祖母が頼り。

母は嫁に行ったので、一切私の学費を出していない。

育英会や区から奨学金を借りていた。

学業も専門教科も10位近辺の成績を適度にキープしながら、友達もできて楽しく学ぶ日々。

副科のビオラは2名のグループレッスンで、一緒になったクラスメイトがバイオリン経験者でとても上手だった為、初心者の私に先生がスパルタを発揮し、本気でやめたくなることの方が多かったが、負けん気の強さでメキメキと上達させてもらった。

今思えば、先生は私の性格をよく見て下さったと思い、感謝している。

「いいとこ取りは、嫌いです」と、先生がおっしゃったことの意味を、今になって痛感。

10年習い続けた。

合唱コンクールの指揮者に3年連続で立候補し、3年連続で最優秀賞を頂いた。

ピアノコンクール間近のクラスメイトが学級委員に選抜された時等は、変わって引き受けることもあった。

ピアノでは、かなコンを受けてみたが、なぜか1オクターブ間違えるというハプニングを巻き起こし、なんとか最後まで弾き切るも、以来コンクール恐怖症(笑)

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~音高・音大~

 

誰かと一緒に音楽を作ることが一番の楽しみになる。

保育園やホテルロビー等で、仲間たちとボランティアコンサート等を行っていた。

声楽の伴奏は同じペアで3年間続け、その間も沢山の楽器の伴奏を経験する。

定期演奏会や卒業演奏会では声楽の伴奏で出演させてもらった。

コンクールの伴奏も数多く引き受けた。

ピアノでは、ショパンの曲を好んで弾くが、いよいよ左手が腱鞘炎でギブス生活になり、以降セーブしながら15分弾いては休憩するという、細切れ練習となる。←今現在も(泣)

​実は、2歳の頃に左手親指が動かなくなり、手術を受けていた。

更に、ヴィオラも副科演奏会や学校内や民間のオーケストラで頑張っていたのでかなり負担がかかっていた。

声楽は専門の先生についたり、合唱団にも所属したが、

それでも、専攻は好きなピアノのまま音大へ進む。

ただ、音楽で長年借りている奨学金があったため、今後音楽で生計を立てていくことが不安だったこともあり、音楽以外の仕事に興味を持つ。

学校以外では、たくさんのアルバイトも経験した。

接客、販売、電話応対、受付、スポーツジム、プールの監視員、保育園補助、納税者団体等の幅広い職種を経験。

​色々な方との交流が、とても面白かった。

かつてのクラスメイト達が、進路を見直す姿を見て、自分は何で身を立てようか考えるようになる。

学費、生活費を工面してくれる祖母との約束で、教員免許はどうしても取らなければならなかったので、教育実習もした。

教育実習先は、そろそろ難関校の仲間入りをし始めた、母校の洗足学園中学校であった。

かつて自分が経験した合唱コンクールの指導や指導教諭との会話から、教えることの奥深さ面白さ、に気づく。

​初めてピアノを教え始めたのはこの頃。


ピアノを教える仕事っていいなと再認識するころ、事件が起こる。

あるとき、青信号を渡っていて、車に巻き込まれる。

不運なことに、数か月後にまた同じ場所で車に巻き込まれる。

2度も​腱鞘炎の左手をひねり、左半身を打撲する。

​実技試験を前に絶望したが、気合と根性で乗り切る。

更に婦人科系を患い、ホルモン剤で治療をしながら、吐き気で毎月寝込む。

将来子供を持つことは難しいだろう、と主治医から言われたいた。

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~社会人~

 

独身

友人から紹介された外資系の医薬の会社で働き始めたのを機に、待望の1人暮らしを始める。​

家電よりも何よりも、一番最初に買ったのは電子ピアノ。


結婚

会社の同僚がきっかけとなり、主人と出会う。

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~子育て期~

 

思いがけず妊娠するが喜びもつかの間、妊娠した胎児の体にむくみ(首の後ろに水がたまっている)があり、ダウン症の可能性と中絶の期限を言い渡される。

子どもを持つことを諦めたところに、私を選んで来てくれた命だから、大切に育てたいと生む決心をした。

出産後、ダウン症でないことが判明したが、成長がゆっくりなことが気にかかっていた。

「2人目を望むなら間はあまりあけないほうがいいよ」との助産師さんからアドバイスがあり、翌年長女を授かる。

年子の子育てに追われる日々。

活発な長男と、大人しい長女。

何処に行くにも何をするにも大変すぎて、あまり記憶がないが、長男が長女の哺乳瓶を奪って飲んでいることがよくあった(笑)

​長男は、物怖じせず愛想も良かったが、幼児期の息子は行く先々でトラブルを起こし、頭を下げて回る日々。

うまくいかないのは、私の育て方が悪いからだと悩む。

​たくさんの育児書を読み漁り、子育て講座にも参加して学んだが、どうやってもうまくいかない苦しい日々。

長男年中、長女年少の時に次女が生まれる。

​長男と次女に手がかかり、真ん中っ子の長女は自分の世界をこよなく愛するようになる。(笑)

夫は大らかで、他人と比べる必要はないというスタンスだったが、私は悩み過ぎて心を壊し精神科、心療内科にお世話になり、不安から校門で発作を起こしてしまい、薬なしでは園舎に入れなくなる。

保護者会では、誰かに何か言われたわけでもないのに、周りに迷惑ばかりかけて生きていることに申し訳なくて涙が溢れてしまう。

そんな私でも、逃げ出さなかったのは、周りにいつも支えてくれる多才なママ友さんや気心知れた友人が居てくれたから。

臨床心理士、元看護士、保育士、趣味が音楽活動のママ達、ベビーシッター、洗足の旧友。

皆、相談に乗ってくれたりアドバイスをしてくれたり、ゆっくりするようにと子供達を預かってくれたり。

本当に恵まれていた。

いつか、恩返ししなくてはという気持ちをいつも持っていた。

時を同じくして、音楽活動をされているママ友さんから、親子カフェでピアノを弾かないかと背中を押してもらう。

親友のジャズボーカリストが助っ人に入ってくれて0歳から聴けるコンサートを開催。

長男の幼稚園のママ達も聴きに来てくれて、少しずつピアノを弾けるということが周知されていく。

ここでも人生をピアノに助けてもらった。

少しずつ自信を持ち、子育てできるようになっていき、理解あるママ友さんも増える。

友人の紹介により、大人気の音大の先生のピアノ教室で、1日50名近くの生徒にソルフェージュをお教えした経験で指導にも自信をつける。

周囲に望まれ、大田区中央で1つ目のピアノ教室を開くこととなる。

それまでは、細々と知り合いに教える程度だったが、マンションの一室で、生徒数3人からスタートする。

ここまでは電子ピアノで頑張ってきたが、ついに夫がアップライトピアノをプレゼントしてくれる。

大分勘が鈍っており、余りの下手さに涙する。

電子ピアノとアップライトピアノの違いを身をもって痛感する。(なので、違いについては実体験から説明できます。)

看板も集客活動も無し、口コミのみで4年後には30名の生徒を抱える。

ピティナステップには1度に14人が挑戦してAやSをたくさん頂いた。

グレンツェンピアノコンクールでは、年長からピアノを始めて8か月の生徒が関東大会準優秀賞を頂いた。(ここで指導にも自信を持ちました。)

発表会では、親子連弾される方も多く、生徒さん達の思い出作りの場ともなった。 

保護者の皆さんからは、発表の場に挑戦してみて、思った以上に親子で成長ができた、子供は思いの外逞しく成長していた、やってよかった、とご感想を頂戴する。

息子は相変わらず小学校でも問題を起こすが、早期に療育を始めたことで徐々に落ち着いていく。

ご迷惑やご心配をおかけした方々に恩返しをするべく、学校のPTAでは何度も委員長や副委員長をさせて頂き、更にお母さん、先生方、地域の方との交流も生まれる。

我が子の卒業を祝う会や、創立記念祝賀会、地域のコンサート等の演奏依頼が増え、自治体の子育て講座の一環として、リトミックやベビー向けの講座のご依頼を受け100名以上のベビーや幼児親子に大好評を頂く。

こうしてようやく自分の存在意義を確認できるようになる。

息子の為に大田区教育委員会のペアレントトレーニングを受けたり、数々の子育て講座や、書籍にも出会い勉強した経験が、現在のピアノ教室での生徒さんや親御さんとの接し方やお悩み相談の際に大きく役に立つことになる。

ピアノ教室ではあるが、親御さん達からの相談は、子育て、ペット(色々飼育しましたし、親戚が獣医なもので)、受験等、多岐にわたる。

生徒さんからは、お友達関係、勉強、進路、ご家族、恋バナ、愚痴、もっと幅広い。

​生徒数が30名を越えた頃、子育ての忙しさもピークに!

体調も崩し、介護問題等も重なり、ワークライフバランスを保てなくなる。

2017年の発表会を最後に、泣く泣くピアノ教室を閉室することとなる。

~閉室から新たな出発まで~

 

長男中1、長女小6、次女小2となり、いよいよマンションが手狭になったため、駅近くの物件を中心に探し始め、高津区に一軒家を建てる。

主人から、仕事として覚悟を持ってピアノを続けるなら、そのように設計すると提案される。

また、ピアニストとして活躍していた同じ門下生の音高時代の同級生が、闘病の末亡くなる前に「ピアノの先生は、春にとって天職だよ」と言い残してくれたことが、ピアノ教室開室の背中を押してくれた。

ピアノ教室を経営することに決め、設計段階で防音室を入れる。

開室までは、長女中学受験があり無職だったため、どっぷりお受験ママになる。(笑)

娘と向き合う時間がたっぷり作れた為、たくさんぶつかることもあったがお互い良い経験になった。

お受験ママの孤独も学んだ。(この経験から、現在は受験期の生徒さんのサポートのご相談も受けられるように。)

勘が鈍らないように、音楽活動も少ししていた。

品川駅にストリートピアノが来たときは、ママ友フルートさんと一緒に演奏したり、大田区の親子カフェにも、リトミックの手伝いに行った。

神奈川に引っ越しても、大田区のママ友達と繋がっていられるのは、音楽の結びつきがあるから。

大田区のピアノ教室閉室から、3年後、高津にて2つ目のピアノ教室を開業する。​

大田区の生徒は、オンラインレッスンで在籍。

オンラインレッスンと対面レッスンのハイブリット型レッスンもスタートした。

療育を必要とする子育ての経験から、生徒さんにはわかりやすい指導を目指し、動画も駆使する。

親御さんの不安に寄り添い安心できるような、相談しやすい雰囲気を作るよう心掛け、保護者面談も必要に応じて実施している。

☆開室2年目で在籍生徒数が50名となる。

​​~生徒さんの声~

◎お教室全体として、皆それぞれ良い子がいっぱいのお教室だなぁと思いました。

私としては、そのことを感じたのが一番の収穫でした。

きっと先生の良き指導のお陰だなぁと思っています。

娘に「とっても上手ですよ」と声をかけてくださる方もいました。

小1からはじめて二年。

ここまで弾けるようになり、そんな嬉しい言葉をかけられるようになったのも、先生のお陰です。

ありがとうございます。

みんなに素敵な演奏と言われるようにやっていこうねと家族で話しています。

(小3お母様)

◎手の使い方やタッチ、音色の出し方など、具体的な例えを出しながら分かりやすく指導していただき、子どももイメージしやすかったようです。

確かな知識やテクニックの裏付けと共に、子どもの個性に寄り添って言葉掛けをして下さり、安心してお任せできると感じました。

常々、芯を捉えた音が出せるようになるといいなと思っていたので、先生のご指導により、芯がありつつ、多彩な音色が出せるようになるといいな、と思いました。

(他のお教室より移動の小3お母様)

◎勉強熱心な先生で、いつも新しい情報を求めスキルアップをされているエネルギッシュな先生。

柔軟な先生でもあり、こどもの性格に合わせて指導方法も工夫してくれるので、小さな子どもでも楽しく通え、親としても安心してお願いできる先生です。


小さいときからテクニックを重視し、五年、十年続けた未来を見据えて指導してくれるので、親としても続けることが楽しみになるお教室。

(年少、小2、中2のお母様)

​​~略歴・メディア実績・その他~

◆洗足学園中学音楽コース、同高等学校音楽科、洗足学園音楽大学器楽専攻ピアノ科卒業

ピアノを出石弥生、三瓶弥生、南雲竜太郎、和声学を篠原真、ヴィオラを塚田和子、鈴木由美に師事

◆東京都大田区中央 harumonie音楽教室 主宰


◆神奈川県川崎市高津区溝の口 ピアノ教室 まきこぴあのらぼ 主宰


◆インターナショナルプリスクール(自由が丘)リトミック元非常勤講師


◆親子カフェ、保育園、幼稚園、児童館、自治体子育て支援講座他にてリトミック講師、イベントコンサートなど

〈ピアノ指導実績〉
◆ピティナ・ステップ 全員合格


◆グレンツェンピアノコンクール 東京本選 優秀賞、関東地区大会 優秀、準優秀賞 輩出

 

◆ブルクミュラーコンクール 神奈川予選 優秀賞多数輩出

◆ブルクミュラーコンクール 神奈川ファイナル 幼児 金・銅賞、小学生 銀賞 輩出

◆ブルクミュラーレッスン賞受賞

〈保有資格他〉
◆中学校教諭一種免許状(音楽)


◆高等学校教諭一種免許状(音楽)

◆PTNA指導者会員


◆育脳ピアノレッスン、育脳シニアピアノの教科書認定教室


◆日本こども教育センターリトミック講師養成講座 2ndステップ修了


◆リズムベビーマッサージ講師養成講座修了


◆知育インストラクター講師養成講座修了


◆私生活では3児と犬の母(レッスンでは子育て経験も大いに役立てています)
子育てから、受験、ペットの飼育(!?)まで、ママ達のお悩みにも寄り添っています。

〈メディア実績〉

保科陽子先生の「自己肯定感アップ(I love自分メソッド)」セミナー受講中、千葉テレビ シゴトのコンパスに出演
 

保科陽子先生の「ピアノこころのほけんしつ」セミナー受講中、東京MXテレビ 未来企業に出演

保科陽子先生の「育脳シニアピアノレッスンの教科書」セミナー受講中、千葉テレビ シゴトのコンパスに出演

保科陽子先生の「ピアノこころのほけんしつ」セミナー受講中、BS11 サスティナブルの羅針盤に出演

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